リハビリテーション新聞

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「答えがでることだけ考えろ」ができない 新人リハビリテーション職



画像引用 https://pixabay.com/



先日、高校生の時の夢をみました。
水泳の大会で挫折したときのものです。


県大会で1位が弟。2位が私。
中国大会でも1位が弟。2位が私。
インターハイでは15位に弟。50位くらいに私。


この状況で、落ち込んでいる私に、コーチがいいます。
「落ち込んでいるヒマがあったら、弱点を克服するための練習をしろ!」



この夢から覚めた時、最近の出来事とリンクしました。
それは、同僚から後輩への「言葉」です。

  • 「後悔しているヒマがあったら、次にどうすればいいか考えろ!」
  • 「考えても答えがでないことを考えて、考えていますアピールいらないから」
  • 「答がでることだけ考えろ」


といった類のものです。



たしかに、私も新人のころ、答えのでないコトや、どうでもいいコト考え、時間をムダにしました。さらには、あるコトで答えがだせるようになると、バカの1つ覚えで、それを繰り返したように思います。そして、新人の頃に限らず、いまでも気を抜くと陥ってしまいます。



ですから、同僚の厳しい言葉に、私は「言いすぎだろ・・・」と思いながら聞いていたのです。同時に、すごく大事なことだと思いました。



考える時間と仕事の生産性




仕事の生産性を、

「 成果 ÷ 要した時間などの資源 」


と、表現することができます。こうなると、考えても答えがでないことを考え続けることは、とてもムダということになります。


つまり、解析方法や測定方法がわからないことを研究しようとおもっても、徒労に終わってしまいます。


  • 1000年前の天気予報。「カエルの動きの観察」や「神官の雨乞い」に1万時間や1億円を投資して、成果があるのでしょうか。
  • 地球外知的生命体の存在。現時点で得られる情報をもとに「いる」「いない」を1万時間の議論して、成果があるのでしょうか。
  • リハビリテーション業界の大学院生の研究。臨床現場においては感覚的にはわかっちゃいるけど、現時点では測定できない身体物質や、複雑な身体運動を前提とした臨床研究に、1万時間を費やして、成果があるでしょうか。


これらのことに取り組んでも、「直接的」な成果はでないでしょう。
考えても答えがでないことを考え続けることは、とてもムダです。




でも「急がば回れ」っていうじゃん。遠回りしてもいいんじゃない?


全てがムダから言うと、そうでもありません。
これらの過程で得られるモノがあります。

例えば
  • 「プロセスそのものが良い興行となった」
  • 「研究の限界について知ることとなった」
  • 「色々な解析方法や測定機器について知る機会となった」

といった間接的な成果は得られることでしょう。


遠回りをすることで、魅せ方や限界を悟れるのですから、悪い話ではありません。
他人のやっていることに対する「モレ」も手に取るように見えてくることでしょう。


なんでもやってみて、まず限界を知ることは良いことです。
そこから視点を変えて見たり、見切りをつければ良いのですから。




「答がでることだけ考えろ」




答えがでないことに、時間を費やし、答えを得られず、限界を知る。
これを何度も繰り返すと、新しい世界が見えてきます。


リハビリテーション職の新人には、解くべき問題が100個あるように見えても、
ベテランからみれば、解くべき問題は、1個だったりします。



そう。この話。

”論点設定” の話しです。



おわりに


同僚が後輩に言いました。
  • 「後悔しているヒマがあったら、次にどうすればいいか考えろ!」
  • 「考えても答えがでないことを考えて、考えていますアピールいらないから」
  • 「答がでることだけ考えろ」


新人の的外れな論点は、なかなか治りません。失敗して、遠回りすれば良いと思います。

一方で、ある程度、経験を積んだら、よい”論点”を設定できたら良いですね。




平成30年1月3日
筆者 Masaki Kimura